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モーツァルトに関する誤情報 投稿者:石田事務局長 投稿日:2019/01/20(Sun) 05:48 No.1572

ちょっとここでモーツァルに関する誤った情報をただしておきます。

「モーツァルトの晩年は人気を失い、作品も難解という理由で演奏されなくなり、収入は激減し

妻の療養費などで借金を重ね、世間から理解されず貧困のうちに35歳に若さで亡くなりました」

というのがモーツァルトの晩年のイメージでしたが、近年の研究ではこれらは見直されてきています(西川尚生著『モーツァルト』2005年)。

晩年のモーツァルトがプフベルクという人に出した手紙が21通も残されています。そのほとんどが借金の申込です。

モーツァルトが亡くなった時、膨大な借金がその家族に残されました。

それでは晩年のモーツァルトは多額の借金をするくらいだから貧困な暮らしをしていたのでしょうか?

(写真はモーツァルトの故郷ザルツブルグの夜景)

モーツァルトに関する誤情報 - 石田事務局長   2019/01/20(Sun) 05:56 No.1573
1791年と言えばモーツァルトの亡くなった年ですが、その年の6月12日付のモーツァルトから転地療養中の妻への手紙に

「一通の手紙を書いて、某の父親のもとへ女中をやって届けさせた。」とあるので、モーツァルト家では女中を雇っていたことが判ります。

実はモーツァルトが25歳から亡くなる35歳までのウィーン在住時代、彼はかなりの高額所得者でした。

確かに30歳頃から収入は落ちていますが、やはり所得は多かったのです。

写真はウィーンのモーツァルト・ハウス。彼は28歳から31歳まで、ここに住みました。 住居は2階で6つの部屋とキッチンからなる豪華なものでした。

さすがに収入が減ってきたので31歳でこの高級住居は引き払い、家賃のずっと安い郊外の住居に住むようになりました。

確かに住居では生活の質を下げていますが、住居以外の点では生活水準を落とそうとした形跡がありません。

ある程度収入が減ったのに貴族的生活から離れられず、そのために多額の借金を重ねていたのが実情だったと思われます。

モーツァルトに関する誤情報 - 石田事務局長   2019/01/20(Sun) 05:58 No.1574
モーツァルト死後の遺産目録には高価な家具、高級な衣装、ビリヤード台、食器、書籍など高級品が並んでいました。

写真は死後28年後に描かれた肖像画です。

モーツァルは死ぬまでこのような高価な衣服を着て、借金まみれになりながらも貴族的生活をしていたのでしょう。

この後、モーツァルトの家族のことも書きますが、それを読まれても晩年のモーツァルトは豪華な生活をしていたことが分かります。

晩年のあの天上的な名曲の数々はそのような貴族的生活の中でこそ生まれたものではないでしょうか。

モーツァルトに関する誤情報 - 石田事務局長   2019/01/20(Sun) 06:27 No.1575
モーツァルトが30歳代になってから作品が難解だという批評が出てきましたが、当時彼のオペラは各地で上演回数を伸ばしていました。

楽譜出版社もモーツァルトに対する評価は高く、彼の晩年まで彼の曲を高価で買い取っていました。

そして1791年12月5日35歳でモーツァルが息を引き取ると、彼の死はヨーロッパ中に伝えられ、各地の新聞にこの偉大な音楽家の死を報じる記事が掲載されました。

このようにモーツァルは晩年に至るまで当時の社会でそれなりに高い評価を得ていたことは間違いありません。

(写真はウィーンの象徴ともいえるシュテファン大聖堂。モーツァルトはここで結婚式を挙げ、彼の葬儀もここで行われました)

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